![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 法政大学経済学部同窓会は 創立20周年を迎えます ![]() 法政大学経済学部同窓会事務局 〒194-0298 東京都町田市相原町4342 電話・FAX:042-783-2550 (火・水・金曜 9時〜16時) |
法政大学経済学部同窓会>経済学部のひろば>同窓会だより>2008年度
なお、祝賀会に先立って学位授与会場付近にて、同窓会役員により入会呼び掛けを、飯田橋のホテルで行われた通信教育部卒業生祝賀会にも、同窓会役員が出向き入会勧誘を行った(詳細は「通教支部だより」に掲載しています)。また、留学生祝賀会にも役員が出席、当日は20名以上の役員が入会呼び掛けや卒業生との歓談、写真撮影などで活躍した。祝賀会終了後は神楽坂「翁庵」にて学部長をまじえて懇親会を行い、祝賀会の余韻を惜しみながら二次会を打ち上げた。(文・馬鳥/写真・上城、中島)
そのような雰囲気の中、部員の方から説明を受けお茶をいただきましたが、初めての方もいて戸惑うばかり。全員お茶の作法を習い、孫のような女子学生や男子学生から手ほどきを受けているうちに、親しみや可愛らしさが湧き、楽しい時を過ごしました。また部員一人一人の自己紹介があり、参加者からは彼らに心づくしの品物を贈呈、最後に正門まで見送りを受けました。この後、神楽坂の翁庵で懇親の後、散会となりました。なお、今回のお茶会だけでは良く分からないので、もう一度開いてほしいとの声が聞こえてきました。(文/写真・平川)
その後、白金高輪駅から築地駅まで地下鉄で移動、銀座キャピタルホテルにて懇親会が行われ、初参加者の紹介や多くの人たちの歌い始めがあり、プロ級の腕前の人もいて拍手を浴びていました。最後は校歌で今年の「七福神巡り」の行事は終了しました。来年はどこですかの声もあり、楽しみにしています。(文/写真・平川)
なお、今回からは幹事長賞が設けられた。(文・菅野)
第一部は大学と経済学部の近況報告を増田総長と宮脇学部長が、次に幻冬舎専務取締役の石原正康氏(1986年経済卒)が「ベストセラーのつくり方」という演題で講演を行った。第二部は会場を移し忘年パーティを開催、来賓挨拶やゼミナール学生の紹介、長寿者への記念品贈呈、写真コンテストの表彰などが行われた。宴会の白眉は親父バンド、ジ・オールド・ベンチャーズ(渡邉明氏、64年経済卒)のエレキ演奏、往年のビートルズナンバーをビートをきかして参加者を沸かせた。本年は通教支部会員11名が初めて参加、総勢128名の出席者が集まり、最後に校歌を斉唱して盛会のうちに終了した。 なお、忘年パーティに先立ち、ゼミ代表者との懇談会を開催し、同窓会への要望などについて意見を交換、同窓会からは入会の呼びかけなどを行った。(文・馬鳥)
11月15日(土)23名が12時に日暮里駅を出発し、谷中の朝倉彫塑館(朝倉文夫、23年文化勲章)、徳川幕府の菩提寺寛永寺(6将軍と篤姫の宝塔)本坊、殉死の最後の事例となった厳竜院墓所、45年国産初の衛星おおすみを打ち上げたロケットランチャー、世に愛され、あまりにも有名な西郷隆盛銅像と改めて話をしました。西郷隆盛は、鹿児島西南戦争で敗れ、51歳で自刃しています。像の制作は彫刻の最高峰高村光雲です。上野戦争彰義隊の墓碑は、これを境に近代に向かいます。このとき壮大な伽藍を誇った寛永寺のほとんどが焼失しました。 その後、美術館、博物館など数々の館を観ながら、東京芸術大学の展示館を見学しました。絶好の晴天の下、奏楽堂を通り、懇親会場上野精養軒へいそいそと。法政同窓の酒井祐さん(常務)のお世話で、不忍池を眺めながら楽しく食事をし、有意義な一日を終了しました。(文・高橋将/写真・菅野)
優勝 児島 親衛 準優勝 小室 智久平 3位 市村 正臣 (文・馬鳥/写真・佐々木範光)
フィレンツェでは、フィレンツェの政権を握ったメディチ家ゆかりの教会や建築物がある。ミケランジェロ広場から世界遺産のフィレンツェ市街を眺め、花の聖母教会の名をもつサンタ・マリア・デル・フォーレ大聖堂に入って溜息をつき、この旅のメインの一つでもある「ウフィツィ美術館」でダ・ヴィンチの「受胎告知」、ボッティチェリの「ビーナスの誕生」「春」、ティッアーノの「ウルビーノのヴィーナス」などを鑑賞することができた。夢のような一日はすぐ過ぎる。いつも思うのだが、団体ツアーでの美術館での鑑賞時間はあまりにも短すぎて勿体無いと思う。 翌日は日帰りで「ピサ」に向かった。ピサはローマ時代から海運貿易で栄えた町である。ルネッサンスの影響は受けず、ロマネスク様式の建築物が多く残っている。奇跡の広場に広がるピサ大聖堂の鐘楼がピサの斜塔で1173年に着工、三層目のところで地盤沈下のため傾いて現在の姿になっている。293段の大理石の螺旋階段を一番上の鐘楼まで一気に登る。 次の日はローマに向けて出発する。途中、小さな村、オルヴートに立ち寄る。城跡に囲まれたこの小さな村は、中世時代の石造りの古い町並みが残り、細く石畳の道が続いている。そこを抜けると華麗なドウォモとサン・フリッツオ礼拝堂が現れる。ロマネスク・ゴシック建築の宝石と称される素晴らしいものであった。この小さな村に不釣り合いとも言うべき巨大な教会の存在は歴史の重みを感じさせる。ローマではコロッセオ、バチカン市国のサン・ピエトロ大聖堂に入り、その内部のスケールと荘厳さに圧倒される。古代ローマ時代の水道を利用した「トレビの泉」でコインを投げローマの再訪を祈る。 翌日はポンペイに行く。約1930年前の西暦79年にヴェスヴィオス火山の大噴火によって、一夜にして火山灰に埋もれた。火山灰は8メートルに及んだといわれている。紀元前7世紀に小さな集落から始まり紀元前89年にローマの植民地となって計画的に都市は整備された。ローマ人の別荘やアポロ神殿、円形闘技場、公衆浴場、洗濯屋、娼婦の家、パン屋等当時の町並みが残されていて当時の文化水準の高さに驚かされる。とうとう最後の日となった。ローマに着いた日に時間切れで入れなかったコロッセオを見学に、添乗員の平松さんの機転でホテルから丁度テルミニ駅に近かったため、ローマ地下鉄B線でコロッセオ駅まで行って入場することができた。コロッセオは古代ローマ帝国繁栄の象徴であり、西暦80年に4万人の奴隷を使い、僅か8年で建築された円形闘技場で6万人を収容できたといわれている。午後はローマ・レオナルド・ダヴィンチ空港に移動、楽しい思い出を一杯にして帰国の途に着いた。(文・<経商61年卒>谷口晃一)
船はレインボーブリッジ、お台場などを巡り、船内から東京湾を眺めながら、美味しいワインとフランス料理に舌鼓を打ち、友人旧友と昔話などに花が咲き、船内の雰囲気を楽しみながら航行しました。また航行中希望者には、めったに入室できない船長室見学の機会も設けられました。最後に須藤常任幹事のリードで校歌を斉唱、約2時間のランチクルーズの旅を無事終える事ができました。(文・平川/写真・上城、菅野)
八景島駅で受付後、会場の法政大学ヨット部合宿所に続々人が集まり、10時30分に開会式が始まりました。あいさつの中でヨット部OBの鎌田奈緒子さん(06年経営卒)が北京オリンピック代表に選出され、メダルが有望との紹介があり、参加者から拍手が沸き起こりました。しばらく懇親が持たれた後、大型クルーザーによる30分の湾内1周航海が始まり、子供たちは初めての経験にびっくり。千葉県湾が見えた時は意外と近く見えましたが、なかなか遠いです。クルーザーの油代も高騰しており、漁船の方のご苦労が理解できると船長が話していました。学生手作りの料理もおいしかったです。 クルーザーは午後もう1回出航、天気が良かったせいもあり、広々とした海原の中、気持ちよかったです。ヨット大会は常連の同窓会の森さんチームが優勝、最後に全員校歌斉唱で今年の会は終了となりました。なお、同窓会からの参加者は29組、約40名でした。(文・平川)
教授会からは宮脇典彦学部長をはじめ21名、同窓会からは梅沢一夫幹事長はじめ12名が出席した。これは教授会との連携を通じて学生のキャリア形成や学生生活、さらに学術研究についてどのような協力支援ができるのか意見交換することを趣旨に毎年行っているものである。 司会進行は同窓会から山川次郎副会長(総務部会長)、教授会からは小沢和浩教授会主任が担当、梅沢幹事長の挨拶に続き同窓会出席メンバーの自己紹介を行った。続いて岡田 脩副会長(総務部会副部会長)から(1)教授会との連携(2)学生のキャンパスライフ支援(3)同窓会員に対するフォローという観点から同窓会全般の活動を紹介、齋藤文雄副会長(事業部会長)からは(1)経済学部同窓会寄贈「教育研究振興資金」の設置を昨年に引き続き推進したいこと(2)インナーゼミ大会の支援を行っていくこと(3)教授会の協力を得て人脈作りを行いたい旨の説明が行われた。 教授会側からは宮脇学部長からインターンシップやインナーゼミ大会に対する同窓会への謝意、教育研究振興資金の設置については実現に向けフォローする旨の挨拶があった。また、出席教員の自己紹介のほか、教員の中からインターンシップ受講生が今年度増加したこと、学生に同窓会入会を勧めたこと、スポーツ面では、水泳など現役学生やOB・OGが北京オリンピックに出場するなどの明るい話題も報告された。 懇談会終了後、場所を総合棟5階の多目的ホールに移し、齋藤孝夫常任幹事司会の下、先生方と喉をうるおしながら大学のこと、学生のこと、多摩キャンパスの状況などについて率直な意見交換が行われ、盛会のうちに有意義な交流を終えることができた。(文・馬鳥/写真・中島)
先ず主婦会館8階「スイセン」で定期総会が山川副会長の司会で進められ、野澤会長挨拶に続いて増田総長など来賓の紹介と祝辞があり、佐々木議長、渡辺副議長、萱野、倉嶋各書記を選出して議事に入った。活動・事業の報告と計画、収支予決算について、梅沢幹事長、榎本財政部会長から報告・提案が、辻田監査役からは監査報告があり、馬鳥事務局長からは役員の承認と役職者の交代の提案があり、質疑応答の結果原案どおり承認された。 11時からは第16回森嘉兵衛賞授与式が行われ、A賞には信濃毎日新聞社記者東条勝洋氏『木曽・王滝「官」の村から』(信濃毎日新聞社編『民が立つ』所収)が、B賞には元日鉄鉱業取締役・釜石鉱山代表取締役、足尾歴史館副理事長小野崎 敏氏『【小野崎一徳写真帖】足尾銅山』(新潮社)が入賞、同窓会会長から賞状と賞金が贈られた。A賞の講評は法政大学総長である増田壽男経済学部教授が、B賞の講評は村串法政大学名誉教授が行った。 11時20分からは経済学部オレンジの集いが開かれた。先ず、増田壽男法政大学総長から、法政大学は多摩キャンパスを除いて建物が新しくなり、学部数も09年には合計16学部となる、今後は、3キャンパス体制などの組織の問題の検討も必要であり、授業料が伸び悩み、国庫補助金も減りつつある、皆さんの協力を願いたいとの発言があった。 続いて、宮脇典彦経済学部長からは、08年度経済学部の入試志願者数は12,000人を超え、合格者数も絞ったので狭き門となった、現代ビジネス学科が初めての卒業生を出して、カリキュラム改革の2年目を迎え、3学科体制の充実期(マイナーチェンジ)に入るとの報告があった。 続いて、最近新聞紙上を賑わしている最も旬な話題「バイオ燃料」と題して、岡部雅史経済学部教授の講演が行われた。バイオ燃料とは、生物由来の原料が発酵・化学処理されて生ずるエチルアルコール、メタンガスなどをいう。バイオ燃料の一つの利点はカーボンニュートラルという点。バイオ燃料は植物由来であり、植物は空気中の炭酸ガスと太陽光で作られる。バイオ燃料が燃焼して発生する炭酸ガスはもともと空気中にあったものだからカウントはされない。簡便な施設で、炭水化物からアルコールを、アルコールからバイオエタノールをつくることができるという利点もある。 燃料の30年後の見通しでは、再生不可能資源の化石燃料から再生可能資源のバイオ燃料へ、さらには再生可能資源の水素燃料へと転換する。民生用の最終エネルギー源は水素といわれている。バイオ燃料は水素燃料までの中継ぎである。「アルコールは車に飲ませるよりは人が飲むべきである」というのが岡部教授の意見であった。 12時40分からは、会場を地下2階の「クラルテ」に移し、懇親パーティが開かれた。小沢和浩経済学部教授会主任、恵良常任幹事が司会を務め、野澤会長の挨拶の後、鹿山秀佳校友連合会副会長の祝辞があり、粕谷教授、濱田経済学部事務課長、佐藤校友連合会組織委員、濱名社会学部同窓会事務局長、久保田経営学部同窓会副会長、佐藤工学部同窓会長、高橋経営者懇談会事務局長などの来賓紹介があった。 川上忠雄名誉教授の乾杯の発声でパーティが始まり、卒後40、45、50年の計24人の同窓生代表者から挨拶があった。 総長はじめとする来賓の方々やゼミ連代表岡田君からもスピーチがあり、12ゼミ計36人の学生が3班に分かれて登壇し代表者から挨拶があった。 同窓会からは、行事案内が森事業副部会長から、募金のお願いが椎名財政副部会長から、学生会員への入会案内が斎藤孝常任幹事から述べられた。 最後に高橋将常任幹事のリードで校歌を斉唱し、梅沢同窓会幹事長の挨拶でパーティはお開きとなった。(文・菅野/写真・菅野、中島)
高橋将幹事のガイドにより先ず、護国寺境内の本堂や(財)和仏法律学校法政大学の初代総理(総長)を務めた梅謙次郎博士の墓を訪ね、同境内の早稲田大学創立者大隈重信候の墓も見学した。 次に、日本女子大学の成瀬記念館・講堂を見学した。記念館では当大学創立者成瀬仁蔵先生生誕150年記念展をやっていたようだ。講堂は、ステージ奥に成瀬先生の胸像があり、建物全体が西洋風であった。 新江戸川公園では素晴らしい自然景観の大名庭園を散策し、関口芭蕉庵では芭蕉翁280年祭(1973年)に建てられたという「古池や蛙飛こむ水のをと」(本人真筆)の句碑などを見学した。 熊本藩主細川家の江戸下屋敷跡の「永青文庫」では貴重な美術品のコレクションを、「講談社野間記念館」では秘蔵の美術品の数々を鑑賞できた。 椿山荘では土曜日の大安ということもあり、幾組かの結婚記念撮影を横目で見ながら庭園を散策した。その後佐藤春夫旧居跡も訪ねた。 最後に文京区の音羽の丘に建つ美しい洋館「鳩山会館」を見学。鳩山家は4代にわたって指導的な政治家を生み育て、2代目の元内閣総理大臣鳩山一郎が建てたこの洋館は自由党創設などの重要な政治活動の舞台となった。 散策の締め括りとして、都心の絶景を楽しめる「文京区シビックセンター」25階「椿山荘」で懇親パーティが開かれ、参加者が芭蕉庵で詠んだ句を披露する一幕もあり会は大いに盛り上がった。(文/写真・菅野)
手土産は天神様に隣接する江戸・文化2年創業の船橋屋の「くず餅」が配られ、後の食味を楽しみに散会となった。 なお。以下は当日参加した常任幹事渡辺貞夫氏夫人、美千子さんの相撲部屋観戦記である。(文/写真・馬鳥) 私は以前一度だけ主人の会社関係の接待利用で両国国技館の升席で大相撲の夏場所六日目を観戦させていただいたことがありました。千秋楽の優勝が決まる時などに興味本位で見たりはしましたが、正直余り相撲には興味はありませんでした。 でもあの国技館での生の関取の一番一番を観戦させてもらってからは、相撲への興味が沸いてきました。元々母は相撲大好き人間でしたからその素養は少しあったのかも? 国技館で見た力士の体の色艶は素敵でした。丁度以前初めて競馬に連れて行ってもらった時のお馬さんの毛の艶を彷彿とさせて下さいました。馬と比較なんて力士の方に叱られるかもしれませんが。今回の稽古は三段目以下の方々で取組稽古に格下の力士は中々組めず一寸可哀想でした。それと白鵬関の出稽古による不在が残念、でも龍皇関をカメラに収めてお話も出来てよかったです。(文・渡辺、<経64年卒>内美千子)
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