![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 法政大学経済学部同窓会は 創立20周年を迎えます ![]() 法政大学経済学部同窓会事務局 〒194-0298 東京都町田市相原町4342 電話・FAX:042-783-2550 (火・水・金曜 9時〜16時) |
法政大学経済学部同窓会>経済学部のひろば>同窓会だより>2007年度
次に鎌倉五山四位の禅寺であり梵鐘などの文化財が多い「浄智寺」では、境内にある布袋尊のおなかをなでて元気を貰ったような気がした。山肌には花が咲いたら見事と思われるイワタバコが群生していた。またタチヒガン桜が満開であった。 鎌倉七切通しのひとつである「亀ヶ谷坂切通し」を通り「薬王寺」へ、そこの本堂で30分程住職からありがたい話を聞いた。そこから少しばかり険しい「化粧坂(けわいざか)」を登り、桜の名所「源氏山公園」へ。鎌倉幕府倒幕の首謀者として処刑された「日野俊其」の墓に寄り「銭洗弁天」へ。岩から湧き出ている霊水で洗ったお金は、鎌倉で使わないとご利益がないという。 「佐助稲荷神社下社」にしばし立ち寄ってから5時過ぎ、鎌倉駅西口近くにあるOBが経営するイタリア料理店「KURA」で懇親会があり8時に解散した。(文・田中久/写真・馬鳥、高橋将)
祝賀会は着物姿の後藤浩子経済学部教授会副主任の司会で進められ、小沢和浩主任の開会の挨拶、宮脇典彦学部長からは短い力強い挨拶と4月から法政大学新総長に就任する経済学部教授増田壽男先生の紹介があった。野澤正平同窓会々長からは「企業に入ったら先ず能力や技能を培いそして信頼関係を築くことが肝要、そのためには常に誠実であれ」と入社後の心得が述べられた。 挨拶の後、学部長、同窓会々長、学生代表による鏡割りが行われ、伊藤陽一経済学部教授の発声による乾杯で懇談会が始まった。 ここで、同窓会から成績優秀者3名と国家公務員I種合格者1名に対する表彰式が行われ、会長から表彰状と副賞が贈られた。 これに先立って12時半からは別会場で行われた通信教育部学位授与式での同窓会への入会勧誘が、13時からは経済学部学位記交付を行う5教室前での入会勧誘が行われた。また、会場では田口裕吉同窓会組織部会長からの力のこもった呼びかけがあり、通教支部も含めると多数の入会申し込み者があった。 懇談に入り、4年間の学生時代を振り返る思い出のアルバム・スライドショーがあり、応援団チアリーディング部のアトラクションとリーダー部指揮による校歌斉唱の後、古澤直人教授会主任の閉会挨拶と宮脇学部長の「一本締め」で会はお開きとなった。 終了後、神楽坂「翁庵」で開かれた同窓会関係者の二次会は、多忙の学部長も駆けつけてくれて一段と盛り上がった。(文/写真・菅野)
南房総国定公園“休暇村館山”は目の前に青い海が広がる海の幸自慢の温泉リゾートで建物も大きく立派でした。午後3時に集合し早速温泉に入り、食事、宴会、カラオケと楽しみました。翌朝目の前で取れた魚の限定販売があり、新鮮で美味そうな感じをうけました。 貸し切りバスで県立南房パラダイスへ。熱帯植物園・動物園はすばらしい施設で初めて観るものばかりでいい勉強になりました。黒潮の海風を受けながら眺めるメインの花摘み処へ、一帯が花畑で海産土産館もありかなりの人出でした。花の群落は色とりどりで可愛くて、寒い東京から2時間で別地域があるのが不思議に思えました。(文/写真・高橋将)
今年は日本橋七福神。穏やかなお正月に誘われて参加者はこの企画新記録の57名に達した。巡礼には今回は東京シティガイドクラブのガイドさん(2名)が加わり、七福神だけではなくてこの地域の諸々の案内があり、旧吉原遊郭中心の江戸下町の史跡や小津和紙博物館など盛り沢山のツアーとなった。日本橋七福神巡りのコースは次の通り。 水天宮(弁財天)・松島神社(大黒神)・末広神社(毘沙門天)・笠間稲荷神社(寿老神)・椙森神社(恵比寿神)・寶田恵比寿神社(恵比寿神)・小網神社(福禄寿、弁財天)・茶の木神社(布袋尊) 巡礼後は、昨年同様銀座キャピタルホテルで新年パーティ。アルコールとバイキング料理で疲れもとれて、カラオケで大いに盛り上がった。 海外からの参加者として昨年同様モンゴル文化教育大学のソイルト学長や、初参加の上海外国語大学の王教授夫妻が一緒に楽しまれた。(文・上城/写真・高橋将、菅野)
入賞者は次のとおり。(敬称略)
これに先立つ14時30分からは、同窓会と経済学部ゼミ代表学生との懇談会が大学院棟304教室で「学園生活と同窓会の支援協力」というテーマで行われ、ゼミ活動への支援、インターンシップなどについて話し合われた。 第1部(5階芙蓉)は、野澤正平同窓会会長の挨拶があり、続いて宮脇典彦経済学部長から大学の近況について次のような報告があった。「経済学部は3学科がそれぞれの目的に向かって軌道に乗りつつあり、2010年度からは落ち着いたカリキュラム編成になるだろう。ただ、2007年度は入学手続者数が見込みより多かったので、ハード、ソフト両面で学生に苦労を掛けないような努力も必要である。」 続いて、歌手ペギー葉山さんから、経済学部OBで俳優であった夫・故根上淳さんとの思い出などについて話してもらった。おしどり夫婦で知られたお二人が共に歩んできた道を軽妙なタッチで語ってくれた。「・・夫根上淳は晩年認知症にかかって次第に記憶が曖昧になった頃、外濠の桜を見せようと車に乗せて法政大学正門前に来たが、ぐったりして興味を示さなかった。その時たまたま校庭でチアリーダーの練習をしていたので、“若い後輩が踊っているわよ”と声をかけるとむっくり体を起して“いいねぇ”と言って窓に顔を押しつけしばらく眺めていました。その時夫は80歳を超えていました。・・彼の祖父はオーストリア人なので、ゆかりの地ウイーンの中央墓地に主人の分骨の一部を知人に持っていってもらいました。・・多摩キャンパスに“平和記念碑”の建立を提唱し取り組み完成させました。碑に刻む文章を推敲するために毎日机に向っていました・・等々。」 第2部(3階錦華)の立食パーティでは、現役のゼミ学生も参加し、卒業生との話に花を咲かせるなど同窓生相互の交流の輪が広がった。 終了近くでフォトコンテストの入賞者発表と賞品の授与が行われ、アキコ・クリタトリオのジャズライブ、最後に安藤校友連合会副会長のリードによる校歌斉唱でお開きとなった。(文・田中紘/写真・中島)
次の日は快晴となり、御岳山荘を後にして御嶽峡谷を散策、途中カヌーの練習風景に見とれて時間をとり、予定した小沢酒造の見学ができませんでした。その場で休憩してから解散しましたが、もっと下まで散策する人や青梅駅まで散策する人もいて楽しい旅でした。(文/写真・平川)
23名の参加者一行は、シェムリアップ空港待機のバスに乗り込むと、カンボジアの現地ガイド・Soさんの歓迎を受けた。3泊を過ごすことになる5つ星「ソカ アンコール リゾート」に到着したのは夜8時であった。 30日、アンコール・トムとアンコール・ワットを見学。巨大な都市を意味するアンコール・トムは、12世紀後半〜13世紀初頭、仏陀であり世界を支配する王としてのジャヤヴァルマン7世によって造営された。この都城は外敵からの守りを意図して造られ、同時に「神の世界」を象徴するというクメール宇宙観に基づいて建造された。周囲12km、幅130mの環濠に囲まれた都城の南大門をくぐると須弥山(しゅみせん=世界の中心)であるバイヨン(仏教寺院)が現れ、北側には象のテラス、ライ王のテラスなどが見えてくる。 アンコール(王城)ワット(寺)は、スールヤ(太陽)ヴァルマン(大王)2世によって1113年から30年かけて建設されたもので、王の墳墓であると同時にヒンズー教のビシュヌ神を祀るためのものであった。建物は周囲5.6kmの環濠に囲まれた2000haの広大な地域で、中央の寺域は3重の回廊と中央祠堂、それに付随する塔群から成っている。中央の祠堂は須弥山を、周囲の壁はヒマラヤ山脈を、環濠は大洋を意味している。柱や壁に施された装飾模様と一体一体が微妙に異なっているデヴァター(女神)、「乳海攪拌」(第1回廊)などの壁画の美しさは見事である。西向きのアンコール・ワットは、春分あるいは秋分の日には参道から神殿の最も神聖な中央尖塔の直線上に太陽が昇る(太陽の神殿)。 アンコール王朝の壮大な建造物を見学した後は、アプサラ・ダンスのデナーショーで神秘的な美しさを湛えた天女の舞いに酔いしれた。 31日は「東洋のモナリザ」のバンテアイ・スレイ、カジュマルが遺跡に絡みつくタ・プロムなどを見学後、雨季と乾季で面積が4倍にも変化するトレインサップ湖を遊覧し、水上生活者の様子を見学した。 11月1日、3日間過ごしたカンボジアに別れを告げ、ホーチミンに向けてシェムリアップ空港を飛び立った。午後、Hieuさんのガイドで、旧南ベトナム大統領官邸である「統一会堂」、フランスの統治時代に建てられた「サイゴン大教会」や「中央郵便局」などを見学し、フランス料理の夕食後5つ星の「ルネッサンス リバーサイド ホテル」に落ち着いた。 最終日の2日、総延長約250kmにもおよび、内部には作戦会議室や医療施設まで備えられた「クチ・トンネル」を見学したあと、国立ハノイ工科大学と並びベトナムを代表する技術系大学である国立ホーチミン工科大学を訪問。Cao Hao Thi工業経営学部長からベトナム経済について講義があった。 夜はベトナム海鮮料理のレストランで、ツアー最後の夕食を楽しんだ。(文/写真・菅野)
12時30分に六本木の東京ミッドタウン・プラザに集合し、先ず防衛庁跡地に建設された都庁よりも高いビルに圧倒されました。高感度なショップやレストランが軒を連ね、日頃一人では足を運べない東京ミッドタウンを、ツアーアテンダントから施設のコンセプトや展示アートについての説明を聞きながら一巡しました。 次いで訪れた国立新美術館は、黒川紀章設計のガラスの外壁デザインで各国の注目を浴び、各階にカフェテリアが設けられるなど、日本美術館に対する観念を一新させるものです。ここでは“フエルメールとオランダ風俗画展”を鑑賞、光溢れるフエルメールの世界を心行くまで堪能しました。 最後に、六本木ヒルズ前の「中国茶房8」に移り、高級料理の北京ダックと紹興酒でパーティは大いに盛り上がりました。(文・辻田 実<経56年卒>/写真・菅野)
これは同窓会が教授会と緊密に連携をとり、学生のキャリア形成や学園生活を側面から支援するため、幅広く意見交換をするものです。 懇談会は山川総務部会長の司会で進められ、野澤同窓会会長の挨拶のあと、梅沢幹事長が以下の報告を行いました。 1.サマーインターンシップの協力など教学支援について 2.就職セミナーの実施やインナーゼミ大会開催など学生支援について 3.森嘉兵衛賞受賞候補の推薦依頼について 4.同窓会寄贈による「経済学部教育・研究振興資金」の設置について 宮脇学部長からは、現代ビジネス学科で本年度から企業実務研究の観点から、本格的に「サマーインターンシップ」をカリキュラムに導入し15名の学生が実務体験をした、などの報告がありました。 続いて意見交換が行われ、同窓会側からインナーゼミ大会や同窓会主催の就職セミナーを通じて学生と接触した感想として、経済学部の学生は極めて学問に関しての意識は高く、世間で言われるようなマイナスイメージはない、と高く評価する意見が述べられました。 その後、同棟5階の多目的ホールに会場を移し、増田教授の乾杯の発声のもと懇親会を行いました。当日は教授会の開催、同窓会との懇談と一連の会議が続いたにも関わらず、先生方は疲れも見せず同窓会員との雑談を楽しんでいました。(文・佐々木/写真・結城)
メトロで久し振りの神楽坂へ。学生の頃を思い出しながら歩く町並み、何故かしら胸がときくめのは神楽坂の神楽坂たる所以でしょうか。「あそこに有った店舗は・・・・あれっ?」「あっ、この店未だ有った・・・」歩くたびに過去に遡って行く、胸のときめきはタイムトンネルの中を歩く靴音のようでした。近代化した店舗が並ぶ商店街の一歩裏に入ると、未だに残る石畳。その上を歩く足裏の感触や、黒板塀の料亭に自然と口数が減ってまいりました。流石に二橋神浅と言われた頃の隆盛は無くなったものの矢張り神楽坂、目を瞑ると「粋」な風は優しく頬を撫でて呉れた・・・ような感覚を覚えました。一時のタイムスリップを楽しめた散歩でした。散策後は神楽坂「翁庵そば店」でパーティが開かれ、なつかしい学生時代の思い出話に花を咲かせました。(文・中山 榮<経61年卒>/写真・菅野)
朝から好天に恵まれ、恒例の大型クルーザーによる東京湾横須賀沖の遊覧や小型ヨット(3人乗りの470クラスとスナイプクラス)の試乗には同窓会員も参加して、海のスポーツの華・ヨットのスピード感を堪能した。 昼食は艇庫(合宿所)で冷たいビールと部員手作りの料理をご馳走になりながら参加者相互の懇親が深められた。当日の参加者は約70名、うち同窓会関係者は32名であった。(文・上城)
13時から主婦会館8階の「スイセン」で開かれた総会とそれに続くオレンジの集いは、齋藤文同窓会副会長の総合司会で進められ、野澤同窓会会長挨拶等の後、竹内議長、佐々木副議長、永崎、萱野各書記を選出して議事に入った。活動・事業報告と計画、収支予決算、会則改正、次期役員等について、梅沢同窓会幹事長、高木財政部会長、馬鳥事務局長から報告・提案が、須永監査役からは監査報告があり、質疑応答の結果原案どおり承認された。 14時からは第15回森嘉兵衛賞授与式が山川総務部会長の司会で進められ、A賞には本学経済学部准教授馬場敏幸氏<『アジアの裾野産業』(白桃書房)>が、B賞には長崎国際大学教授細田亜津子氏<『雲の上の哲学者たち』(西田書店)>が、特別賞には本学名誉教授村串仁三郎氏<『大正昭和期の鉱夫同職組合「友子」制度』(時潮社)>が紹介され、同窓会会長から賞状と賞金(特別賞は除く)が贈られた。 14時30分からは経済学部オレンジの集いが開かれ、先ず、法政大学常務理事永井進教授の代理として佐藤友彦総務部次長から、2007年度志願者は9万人を超え、早稲田、明治に次ぐランキング第3位となり、08年度には3つの新学部を設置構想中である等の報告があった。続いて、宮脇典彦経済学部長からは経済学部の3学科をさらに充実させていきたい、学生は発想がユニークであるが着々と育っているなどの抱負と状況が述べられた。 続いて、「インド経済の現在−変わるものと変わらざるもの−」と題して、絵所秀紀経済学部教授の講演が行われた。近年、めざましい成長を続けるインド経済の強みと弱みを、多数のデータからチャートを使ってわかりやすく解説し、今後も発展は期待できるが、特に教育と雇用の格差の実態を見ると制約も大きい、との強い印象を聴衆に与えた。 16時からは、会場を地下2階の「クラルテ」に移し、29名のゼミ生を含む136名の来賓と会員が参加して懇親パーティが盛大に行われた。小沢和浩経済学部教授会主任、垣本常任幹事が司会を務め、野澤同窓会会長の挨拶の後森脇英裕法政大学監事、経済学部教員、同窓会役員などの来賓の紹介があり、続いて校友連合会安藤文雄副会長の代表挨拶があり、山本弘文名誉教授の乾杯の発声でパーティが始まった。懇談の中で法学部、工学部、社会学部、経営学部各同窓会の会長、副会長から一言挨拶があり、経済学部卒業後40、45、50年の出席者の紹介、新会員の紹介、ゼミ生の紹介などがあり、久保田経営学部同窓会副会長のリードによる校歌斉唱で会は盛り上がり、最後に梅沢同窓会幹事長の挨拶でパーティはお開きとなった。(文・菅野)
12時30分集合、飛び入りなどもあって受付は多少混乱したが、定員を上回る大勢の参加者を迎えて幹事の中からは嬉しい悲鳴が上がった。13時開演、5月中席公演(真打昇進襲名披露公演)の国立演芸場はほぼ満席であった。前座の後、先ず柳家三之助の落語、続いてペペ桜井のギター漫談、橘家円太郎、林家正蔵、春風亭一朝と落語が続き、仲入りを挟んで春風亭朝之助改め春風亭柳朝の真打昇進襲名披露口上があった。その後は、笑組の漫才、入船亭扇橋の落語、翁家和楽社中の曲芸、そして襲名披露したばかりの春風亭柳朝の落語で当日の公演は終わった。 ギターとハーモニカを演奏しながら歌うギター漫談に客席からは笑いと盛んな拍手が送られ、「小遣い」(橘家円太郎)、「つじうらのコマ」(林家正蔵)、「夢」(春風亭一朝)などを題材にした落語では、久しぶりに腹の底から笑い、江戸の情緒をたっぷり味わうことができた。 寄席鑑賞後は、半蔵門駅近くのえぞ会席「はまなす亭」で寄席の会参加者のほとんどが出席してパーティが開かれ、初めて参加する会員とも懇親を深めることができた。また、会終了後はカラオケ「金糸」で歌と踊りの楽しいひと時を過ごすことができた。(文・菅野)
日本銀行本店(旧館本館)の会議室で先ずビデオ上映があった。この建物は1896(明治29)年建設、設計者は東京駅なども手掛けた辰野金吾博士であった。明治中期の西洋式建物としては迎賓館(赤坂離宮)と並ぶ二大傑作であり、国の重要文化財に指定されている。 日本銀行は偽札が横行しないように、ホログラフ(角度により画像の色や模様が変化)、潜像模様(傾けると「10000」などが浮かび上がる)、すき入れバーパターン(光に透かすと数本の縦棒が見える)などの最新技術を採用し、また札の真偽などを1枚1枚チェック(鑑査)している。そして、物価を安定させるために国債などの売買(オペレーション=公開市場操作)を行ったり、公定歩合を設定したり、「日銀ネット」サービスを提供したり、預金・貸出動向の把握や市場の情報収集を行ったり(モニタリング)、あるいは立ち入り調査(考査)を行って、金融政策の適切な運営や金融システムの安定性確保に常に努めている。「日本銀行は日本経済と金融のホームドクター」(日銀ガイドブック)である。 施設見学では今は使用していない地下金庫へ案内された。建物建設(明治29年)と同じ年に設置され100年以上使用されたこの金庫は、扉が3つあり、1番目の扉は米国ヨーク社製で1932(昭和7)年に設置され、厚さ900mm、重さ25tという巨大なものである。 旧館本館内では撮影禁止だったので、屋外で全員揃って記念撮影をした後、古来よりの貨幣の実物や関係資料等が展示されている貨幣博物館を見学した。 その後、好天に恵まれてさわやかな風が肌をくすぐる中、日本橋、京橋、銀座を通り抜け、モダンなビルが連立する街並みを眺めながら散策を楽しんだ。本学OBがオーナーをつとめるイタリアンレストラン「ピガール」に到着、散策の心地よい疲れもあり、全テーブル客ののどの渇きと空腹をいやすまでに店員さんはてんてこ舞いであった。会終了後、近くのあんみつ店に寄り、最後に恒例のカラオケで盛り上がった。(文・菅野)
| |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||